19年ぶり「死刑執行ゼロ」でも、これ…

2011年は年間を通じて1件も死刑が執行されませんでした。法務大臣に就いた3人がいずれも執行を見送り「執行ゼロ」は19年ぶりのことです。
平岡秀夫法務大臣は死刑制度について「人の生命を絶つ極めて重大な刑罰で、慎重な態度で臨む必要がある」と述べ、執行命令書に署名しませんでした。
平岡法務大臣は死刑廃止派ではないようですが、やはり署名をするとなると躊躇せざるを得ないのはわかります。
しかし、裁判員裁判では死刑判決が相次ぎ、確定死刑囚の数は戦後最多の129人にまで膨らみ、被害者遺族からは「執行を進めないのは責任放棄だ」と憤りの声が上がっています。
全国犯罪被害者の会(あすの会)顧問の岡村勲弁護士は「法相は法を守るべき国の最高責任者であり、法を守らないことは許されない。これ以上、執行しない状態が続くならば、法相から死刑執行命令権を取り上げ、検事総長に移す方向で、刑事訴訟法を改正すべきだ」と指摘しています。
私は必ずしも死刑賛成派ではありませんが、法務大臣の職責として執行命令書に署名はすべきであり、しないのであれば法務大臣の任に就くべきではないと考えています。
1999年の池袋通り魔事件で長女を殺害された宮園誠也さんは「死刑が執行されない限り事件は終わらない」と語り、加害者は2007年に死刑が確定していますが、現在も執行されていません。
宮園さんは「死刑廃止論者の中には『絞首刑は残酷』との意見もあるが、娘は何時間も苦しんで死んでいった。一体どちらが残酷なのか考えてほしい」とも訴えています。
「絞首刑が残虐な刑罰を禁じた憲法36条に反するかどうか」については最高裁でも「残虐な刑罰ではなく合憲である」と判断されています。
また、2011年10月に「大阪此花区パチンコ店放火殺人事件」で和田真(まこと)裁判長は「裁判員の意見を聞いた上、憲法に反しないと判断した」と述べて、裁判員裁判の判決でも合憲であると判断されています。
私の死刑制度に関しての知識はほとんどが書籍によるものですが、被害者、被害者遺族の気持ちを考えると死刑制度は存続させるべきだと思います。
死刑囚に死刑執行が知らされるのはその日の朝です。少ない時間であるにせよ、死に対して気持ちの整理をする時間はあります。
「家族、親族に言い残すことはないか」「なにか食べたいものは」と執行の前に尋ねられ、死刑囚として収監されていた間も、制限はあるものの家族、親族との面会も許されてきました。
それに対し、被害者は残虐な方法で一瞬にして殺害され、あるいは命乞いをするも聞き入れられずに殺される。最後に家族、親族、大切な人と一言も言葉を交わす間さえありません。
その無念さを思うと、自分の行った行為には「自らの死をもって償ってもらうほかない」賛成派でなくともこのように考えざるをえません。
死刑が確定した裁判をみてみますと、加害者に情状酌量の余地があるものはほとんどありません。
だから死刑の判決が下されたわけですが、己の身勝手さゆえの犯行で人を死に追いやる。いったい「人の命」をどう考えているのでしょうか。
法務大臣は被害者遺族の気持ちに思いを馳せ、執行命令書に署名すべきであると考えます。

2012年01月01日